岐阜県(鮎県)

岐阜県は美濃国と飛騨国からなっています。飛騨は交通の便からいえば富山へ出る方が便利で、東京からの最短コースは富山空港から車をとばすことです。それがどうして岐阜県になったのか不思議なところではありますが、これは現在の岐阜県が成立した明治9年には富山は石川県の一部だったためと言われています。

 

当然、石川県の金沢は飛騨から遠すぎて岐阜の方が近いということになります。そこで、飛騨は岐阜県の一部になったというわけです。もし、初めから富山県が独立していたら飛騨は富山県だったかも知れません。

 

高山の町は豊臣時代の領主、金森長近が京都を模してつくった町で風情のある街並みがよく保存され、曳き山祭りや朝市などイベントにもことかかしません。「小京都」を名乗る町は日本全国に数多くありますが、古い街並みが残るという意味を超えてその名にふさわしいのは、この高山に山口、角館、中村といったくらいではないでしょうか。

 

世界遺産にもなった白川郷の合掌づくりの家々は、金沢へ向かう白山スーパー林道からの眺めが見事。高山郊外の「飛騨の里」や下呂温泉「合掌村」にもかなりの民家が移築されており見応え十分です。高山にはあまり良いホテルが少ないというのが欠点ですが、これは飛騨の玄関ともいえる位置に下呂温泉があるためでもあります。

 

神岡鉱山は鉛を産していますが、この坑道を利用した「ジオスペース・アドヴェンチャーGAS」が人気を集めています。美濃は壬申の乱の際に大海人皇子(のちの天武天皇)側の根拠地となり、天武朝のもとで多くの寺院などが建てられ、室町時代には土岐氏が守護となり雪舟なども滞在して地方文化が花開いきました。

 

岐阜は土岐氏に代わって領主となった斎藤道三が稲葉山に城を築き美濃の中心になり、織田信長が中国の故事にならって岐阜と名を改めたそうで、江戸時代には尾張藩領の商業都市として栄えました。

 

長良川の清流の鮎は有名で夏の鵜飼いは岐阜観光の目玉。繁華街の柳ヶ瀬はブルースでおなじみで、岐阜駅南側の金津園は歓楽街として全国的に知られています。

 

西部の中心都市である大垣は、戸田氏10万石の城下町。西濃運輸の本拠であるとともに、工業都市としても発展し、最近では岐阜県情報化の拠点として「ソフトピアジャパン」が開設。

 

そして西部の養老の滝は親孝行の伝説で知られていますが、その近くにニューヨーク在住の美術作家である荒川修作氏による「養老天命反転の地」があります。奇想天外な巨大オブジェというべき公園ですが、足もとが不安定で当初は転倒する人が続出というおまけがついたようです。

 

北西部根尾村にある薄墨桜は縦横それぞれ20メートルをこす巨木桜で、日本でも最高の名木として人気を誇っています。土岐や多治見など東濃地方は日本一の焼き物の産地ですが、最近では首都移転の有力候補地として注目されています。なだらかな灌木林で中央自動車道が通りリニア新幹線の通過予定地という条件がそろっています。

 

明智光秀にゆかりの明智町では大正時代の街並みを売り物に「日本大正村」を標榜。岐阜県は地場産業が盛んで、毛織物など繊維産業や焼き物のほか、関の刃物なども知られています。その他、中津川の栗きんとんはフランスのマロングラッセにも負けない栗を使った名菓と西洋史が専門の木村尚三郎氏も絶賛。

 

岐阜、愛知は日本の航空宇宙産業の中心ですが、各務原には「かかみがはら航空宇宙博物館」があります。岐阜県民の県民性は取っつきが悪いところがありますが合理主義的だと言われています。プロ野球の森祇晶氏などを見るとどこかそんな雰囲気を感じさせます。ちなみに、元ニュースキャスターの近藤サトさんと草野満代さんは東濃出身です。


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